東京高等裁判所 昭和25年(う)971号 判決 1950年7月14日
被告人
高沢常男外
主文
控訴を棄却する。
理由
前略。
論旨第三点について。
原審第一回公判調書(二十六丁)の記載によれば、「検察官は立証しようとする事実は、第一起訴状記載の公訴事実第二情状に関する事実であると述べ、その証拠として書証一乃至三、物証四乃至七、(いずれも具体的に書証並びに物証を表示す)の取調べを請求し、各立証趣旨を具体的に記載していないが、右に掲げた各書証並びに各物証の表示自体によつて、夫々之によつて証明せんとする事実が公訴事実の如何なる部分に関するものであるかは、明白であるから、検察官の述べた各証拠の立証趣旨を逐一具体的に、公判調書に記載することを省略したに過ぎないことを窺い知ることができる。又第二回公判調書(六十七丁)の記載によれば、検察官は(八)乃至(三四)の各書証(右の中(八)乃至(一七)の取調請求は、之を撤回す(三五)乃至(三九)の証人の尋問を請求した上各証拠によつて、証明せんとする特定の事項を明らかにし、更に第三回公判調書(一五四丁)の記載によれば、検察官は(四二)乃至(四七)の被告人等の各供述調書の取調を請求し、右各調書によつて立証せんとする事項は、公訴事実全般に亘るものとして本件犯行が被告人等によつて敢行された事実を立証すると述べたことは明らかである。元来、刑事訴訟法第二百九十六条に、「証拠調のはじめに検察官は証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない」と規定したのは、之によつて相手方に、右証拠調の請求に対し意見をのべ防衛の方法を講ずる一助たらしめ、又裁判所に対し右請求の採否決定に資せしめんとの法意であると解せられるが、右に所謂「証拠により証明すべき事実」を明らかにするには、之によつて証明せんとする事実が、如何なる事項に関するものなりや特定し得る程度に明示すれば足り、若し立証事項が公訴事実、又は情状全般に亘るものであれば、その旨を明らかにする丈で十分であつて、各証拠によつて立証せんとする事実の具体的内容まで逐一之を明示する要はないと解さねばならない。かゝる具体的内容は、爾後の証拠調手続において朗読展示、その他証人の供述自体によつて明らかにされることである。之を本件の場合に照して考えれば、検察官の前示証拠調の請求は、刑事訴訟法第二百九十六条の要請に少しも違背することがないこと明瞭であるから、原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反あることなく所論は採用できない。